「ご来光がその玉歩を運んできた。森が輝き始めた。この時期めったにお目にかかれない至高の朝...」 印刷 Eメール

◆受講生6

3回実技講習 鍋倉山 雪洞・ビバーク訓練 (2014222日~23日)

 

実技講習の中でも印象に残った鍋倉山雪洞山行の様子を紀行文風にお届けしたい。入校の参考にしていただければ幸いである。

 

 

今回は雪洞泊山行である。ビバーク訓練が主目的となる。雪洞もビバークも初体験。期待と不安が交錯する。新宿を出発し関越道を北上。至る所に先週の南岸低気圧に伴う大雪の爪痕が残っていた。上信越道に入ると走行車線は除雪できておらず一車線となり、ところどころ渋滞していた。飯山インターで下り前泊先の戸狩についた。さっそく酒宴が始まった。23陣と次々合流し前夜祭は盛り上がった。

 

今回目指すのは信州鍋倉山だ。長野県と新潟県の県境を走る関田山脈の主稜である。そこはブナの天国でもある。日本中がバブルに血迷い、経済優先の自然破壊が横行していたころ、ご多分にもれずこの鍋倉山にもリゾート開発の波が押し寄せていた。そんな中、地元の人々と時の市長がこの貴重なブナの森を守ることを選択したのはまさに慧眼といわざるをえない。樹齢400年ともいわれる大ブナ、「森太郎」と「森姫」はこうして残されたのである。自然を残した賢明な選択は、この先計り知れないほどのさまざまな恵みを、地元はおろかわれわれにももたらしてくれるだろう。

 

入山口には多くのクルマがあった。さすがは山スキーの人気ルートである。今夜の食材を分担して出発した。ビーコンチェック後、林道をショートカットしながら1時間ほどで都立大小屋に到着。H講師が慌てている。今夜の重要食材をクルマに忘れてきたらしい。荷物をデポして引き返していった。われわれは先を進んだ。沢を通過して登ると広い雪原に出た。先頭を交代しながらラッセルで進んだ。逆おいらん歩きを教わった。踏み出す側の板を内側に交差させながら前にあげる。そうすることで雪の抵抗が抑えられるというわけだ。こうして順調に進んでいった。いい感じのオープンバーンを数人が滑り降りてきた。その先のスノーモービル軍団を横目にビバーク予定の黒倉山直下に至る尾根の取り付きに着いた。そのころ忘れ物を回収したH講師も追いついてきた。CTも大きな問題はなかった。急な尾根をS講師が先導する。ジグザグの猛ラッセルだった。小生も先頭でラッセルさせてもらった。逆おいらんやキックターンを駆使しながらの四苦八苦であった。先頭を交代しながら尾根を登っていった。難所を過ぎると大きなブナたちがやさしく迎えてくれた。稜線が見えてきたころに覗いた青空はわれわれを和ませてくれた。最後の胸突き八丁を受講生のKさんが先導していった。そうして雪庇の発達した稜線直下に到着した。

 

さてさて雪洞掘りである。初めての経験だった。南東斜面に目星をつけ作業開始。足場をならしてまずは講師の方々が入口を作っていった。そして二手に分かれて雪洞を掘り進めていった。これが想像以上の難作業。一人が雪洞の中から雪を掘り出し、外に敷いたブルーシートに載せてから2人がかりで抱え上げ「せーの」と放り投げる。ひたすらこの繰り返し。雪洞の中の雪壁は思った以上に硬くスコップでは歯が立たない。スノーソーで削りながらの難作業だった。2時間半でようやく4人が横になれるスペースが出来上がった。S講師直伝のテーブルを作った。周囲の四方を数10センチ残してロの字に掘る。すると中央の四角がテーブル、周囲が椅子になる。寝るときは掘ったロの字を埋めればOK。壁面に燭台を作り夕の準備は整った。ろうそくの妖艶なあかりは長い夜を演出するに十分だった。水餃子から始まるS講師のレシピは疲れた体にやさしく染みこんでいった。壁面をけずって火にかけ水を作りお湯をわかした。野菜たっぷりの鳥団子鍋に箸が進んだ。となりの雪洞とは小さい穴でつながっている。なにやら懐かしい香りが漂ってきた。焼き物のおすそわけが回ってきた。肉、魚、野菜・・・。なるほどH講師はこれを取りに引き返したのだった。そしてそこは「居酒屋なべくら」と化していた。その後はアルコールを傾けながらのよもやま話。ウィスキーのお湯割りが進んだ。こうして夜はふけていった。話も尽きたころロの字を埋めて就寝。雪洞の中は想像以上に温かかった。

 

穏やかな朝だった。風もない。朝特有の荘厳な空気に包まれていた。月明かりが鍋倉山を幽玄に照らしていた。今日は晴れそうだ。S講師が朝食の準備を進めていた。昨夜の鍋汁でうどんをゆでた。そのころ光が差してきた。思わず外に出た。美しいブナの山にご来光がその玉歩を運んできた。森が輝き始めた。この時期めったにお目にかかれない至高の朝となった。6:30出発。最若手の受講生Mさんが先導した。朝陽に照らされる鍋倉山を正面にトレースをたどった。上空は見事な青空だった。10年に1度の好天だった。発達したモンスターを従えた鍋倉山が印象的だった。ほどなく黒倉山頂に着いた。そこでは絶景が繰り広げられていた。かなたにはかすかに日本海が確認できた。焼山、高妻、黒姫、その奥には北アルプスも遠望できた。しばしその絶景を堪能した。そして鍋倉山を目指した。穏やかな稜線を快調に進んだ。コルの樹林帯を過ぎると鍋倉への最後の上りとなった。風の影響か積雪は少なかった。灌木帯を抜けるとまろやかな山頂が見えてきた。鍋倉の広い山頂に到着した。陽が上り景色はガスってかすんでいた。後続が続々登ってきた。なかなかの絵になった。行動食をとりながらしばしの休憩。いよいよ滑降開始である。南東斜面を滑り降りた。頂上付近は雪質も抜群で快適にターンを刻んだ。シュプール跡があった。昨日のパーティーが日帰りで滑ったのだろう。ここはワンデーエリアでわれわれのような泊まり組の物好きはほとんど存在しないらしい。下るにしたがってブナも立派になってきた。ビデオ撮りしながらツリーランを堪能した。斜面が急になる地点でS講師によるCTが行われた。問題ないようだった。だんだん雪が重たくなってきた。トラバースしながら隣の尾根に向かった。森太郎を見るためだ。雪質に苦戦しながら一人ひとり滑っていった。急斜面を滑り平坦になった中ほどに森太郎がその姿を現した。冬の青空に悠然と枝を拡げていた。以前新緑のころに見た姿とは違っていた。森太郎、森の鎮守としてこれからもぜひ元気でいてほしい。森太郎をあとに今回一番のオープンバーンに向かった。そこは斜度35度ぐらいの実にいい感じの斜面だった。S講師がファーストトラックを刻んだ。豪快にパラレルターンを展開していった。続いて小生もスタート。ザックの重みのバランスをとってポジションを作った。パラレル大回りで前半の急斜面をクリアし後半の緩斜面は小回りでまとめた。爽快!のひとことであった。Mさんも奇声をあげながら滑り降りてきた。S講師曰はく、「これだからみんなハマっちゃうんだよ」。納得。こうして絶好の冬晴れの中、雪洞山行は終了した。

 

実践の随所に学ぶことが詰まった山行だった。実践を通じたツボを押さえた講師のアドバイスにはひとつひとつ説得力があり、独学や座学、遊びの範疇ではとても身につけることができないほどに大きな意義を感じた。それこそ本講習の真価だと思う。また講師陣は極めて親近感のもてる方々揃いで山行の楽しさが倍増したことを付け加えておく。

 

 

卒業山行である待望の蓮華温泉ツアーには、不覚にも肉離れをやってしまい参加できず、無念極まりない思いをした。本校でのご縁をもとに、今後ともお誘いいただければ幸甚である。