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◆受講生 Hさん◆

 

オプション 深雪長距離滑走講習

 

2012年3月 

参加者がたったの4名、プラス講師3名。どうしてこんなに少なくなってしまったんだろう?もう3月なので、新雪は期待できないからか?そう思ったらどっこい、スキーヤーの僕には最高の講習になった。

場所はかぐら・みつまた。山行計画はゴンドラ下で提出。事前にO講師から深雪のスキーの技術ポイントが送られてきた。

*まっすぐ横滑り・横滑りのまま正面を向いてエッジングを効かせた急停止のテクニック

*深雪は上下動を効かせたジャンピングターン

*パウダーは足をそろえて、悪雪はワイドスタンスでバランス重視

*ツリーランはフォールラインを決めて、木を見ないようにリフトを降り、進入禁止区域でドロップ。山行計画を提出し、ザックをしょっているとこんなところに入れるらしい。「ゲレンデ外でのレスキューは自己責任です。費用は自己負担になります事をご承知ください。」盛んにアナウンスメントが入る。

初日はとにかく木々の間を滑る。日陰になっているせいか、雪質は上々。M講師が先頭で密集した木々の中へ突っ込む。そんなところほんとに滑れるの?おっかなびっくり後に続くが、最初は木に目移りして思うように滑れない。2本、3本と滑るうちに慣れてきてスピードが出てくる。すると不思議にスキーコントロールもし易くなる。もっと滑りたい、もっと滑りたい。ゲレンデスキーヤーには、とても新鮮な練習。午前中は目いっぱい滑って、木立の中でザックをおろし行動食を取る。楽しい。何度も来たことのあるかぐら・みつまただが、今まではゲレンデしか滑ったことがなかった。今日はゲレンデとゲレンデの間を、途中の谷間を、林間迂回コースの林を上から直線的に滑る。林から出るところでゲレンデスキーヤーにぶつからないように注意。夜はO講師が撮ってくれた自分たちの滑りをビデオで研究。山スキーのプロのDVDを繰り返し流しながらワインを飲む。女性のO講師とT女子がそのイケメンプロにご満悦。筋肉質の上半身がむき出しになる場面を逃すまいと食い入るように見ている。

翌日は晴天。神楽峰へ登り、反射板へ滑り降りる。M講師の庭のようなこの広い山、新雪で覆われた北向き斜面を端から端まで食いまくる。みんな徐々にジャンピングターンが身についてきて、きれいなトレースが描けるようになってきている。SAJでは跳ねたら減点。モーグルではスキーを雪面から離すと押さえが効かない。ジャンピングは昔のテクニックで、スキーが上手になるには使ってはいけないテクニックだと思っていた。昨晩のプロのDVDでは、前方に向かってテールが大きく浮き上がるように、思いっきりジャンプしろと言っている。そうだよ、それでいいんだよなー、深雪は。そうじゃなきゃ、こんなに快適にスキーの先端を回せないもんなー。納得。

この深雪滑降講習は、早い時期にオプションではなく、正規の講習でやったほうがいい。参加できなかった皆さん。この講習を逃したのは残念でしたよ。

 

チームでやるレスキュー

 

平成24年1月18日  

平成24年1月15日12時59分、粉雪がぱらつく曇り。

私たち5人のパーティーは新雪のスキー滑降を心待ちにして、もくもくと先を急いでいました。栂池ゴンドラ終点から頂上目指して日帰りの雪山装備でスキーを履いて登っていたのです。突然[M講師]に良く似た大柄の男性が必死?の形相で大声を上げながら、助けを求めてこちらに向かってきました。「助けてくださーい。向こうで雪崩に遭い、私の娘が雪に埋まって見えなくなりました。警察には連絡したんですが、何とか皆さん、助けてください。」まだ整理しきれていない昨日の雪崩救出ドリルの項目が、時系列を無視して頭を駆け巡りる。何から始めるんだっけ?

抜き打ちテストをされたと気づいた私たち: M講師に似たお父さんに向かって五月雨式に「落ち着いてください。」「何名のパーティーですか?」「雪崩の場所はどこですか?」「ビーコンは持ってますか?」

慌てるお父さん: 後ろを指して「あっちです。二人でスキーをしていて雪崩に遭いました、、、、、、、、、ビーコンは持っています。娘を、、、娘を助けてください。」

男性メンバー: 「それでは声の大きいFさんがリーダーと見張りをやってください。」

自分: 「分かりました。えーと、、、、それでは女性二人がビーコン創作、、、、、いやいや、捜索。男性二人は、プローブとシャベルで、、、残留物下の雪中のチェックもお願いします。」そして思い出して「みなさんビーコンをサーチモードに切り替えてください。」

非情な講師:大声でなじる様に「2分経過。。。。。。。」

全員で動き出すも、スキーを脱ぐのかそのままなのか? あっちと言われても、それどこ? 第2、第3の雪崩はどこで見張るのか?

リーダーらしき自分:そうだった。また何かを思い出したように大声で「危険な場合は『雪崩だー』と叫ぶので今来た方向に逃げ戻ってくださーい。」何を言っているのかわかっているのか?本当にそんな場合は逃げられるのか?硬直しきった脳みそに動けと唱えながら、立て続けに指示らしき声を飛ばす。「残留物はありますかー?ビーコンの表示は今いくらですかー?」こんな掛け声、役割を成しているのか?

非情な講師:またまた切迫感をだして「5分経過」

、、、その後、ビーコンがほぼ位置を特定。雪を掘る。思ったよりも早く綾子?ちゃんの足発見。薄紫色のつなぎジャケットが徐々に出現。頭と顔の周りの雪をどけ、呼吸を確保。顔は端正過ぎて蒼白、生きているようには見えない。脊髄を痛めないように、頭を両手で抑えて、3名でログロールらしき事をやろうとしたところで、お父さんが泣き崩れるように娘に近寄った。そこから、お父さん役のM講師によるログロールの講義開始。蛇腹につめた敷物があると仮定して大きなゼスチャーで一二の三と犠牲者を動かす実地研修、、、、、、、、、そしてS講師総評。

非情でなくなった講師たち: 「15分以内に助け出したから、生存しているでしょう。良かった、良かった。二日間でグループとして大変成長した。」

集団がある目標を達成するために行う作業、協力、意識、行動、それは『チームワーク』の概念です。目的が明確で時間制約があると、役割を分担し、協力し合い、それぞれがお互いの仕事ぶりを信頼することによって成果がでます。何十年ぶりかでこの『チームワーク』という言葉を思い出しました。目的が個々別々の目的だと全体がうまく行かない。

例えば今の日本経済です。企業が製品需要の減退を想定した場合、収益を確保するために人件費を削ったり、研究開発費などの投資を削減します。すべての企業がこれを同時にやってしまうと経済全体が収縮し需要がさらに悪化して、みな結局将来的に収益が確保できなくなります。『合成の誤謬(ごびゅう)』と呼ばれています。同じ収益目的を達成するために個々が取る方策が、結果的に全体として逆効果になる現象です。

各省庁や政治団体も同じです。日本の将来を考えて行動しようとしているかもしれません。その目的を達成するための最善の戦略が自分たちの団体を一番強くする事だと、他から良いアイデアが出てきても協力しません。

組織内で働く個人は目的が組織全体の成功ではなく、個人の成功になります。組織全体の成果が犠牲になることがあるわけです。

面白い例を、スティグリッツという経済学者が自分の授業で使っています。『君たちの将来にとてもためになる僕、スティグリッツの授業中、みんなの机の下に一万円札が一枚ずつ落ちているとしよう。クラス全体として一番経済効率の良いのは、授業が終わるまで待って全員が一枚ずつ拾うことだ。しかし今誰かが、机の下にもぐって一枚拾ったとすると、その隣にも一枚落ちていることに気づく。それは誰の所有物でもなく拾った者勝ちなので、それを拾おうとする。この行動は連鎖して、クラスの授業はメチャクチャになり、一番価値の高い僕の授業をみんなが聞き逃すことになる。』

チームワークとは多少かけ離れてしましたが、今ニュースなどで目に付くことに、目的を同じくしたはずの人たち・組織がその目的を達成できない、目的に向かえないことが多くあります。一般的に大きな目的は達成できないのが当たり前のようになってきた感さえあります。しかし、今回の山スキー学校の雪崩講習は、とても新鮮な緊張感の中で、我々もそれほど捨てた物ではない事を教えてくれました。協力し合って訓練を積み重ねると目的は達成できることを思い出させてくれたのです。もちろん、まだまだ講習途中でわからない・戸惑う事だらけですけれども、この訓練をやり続ければ、みんなが役割を理解し、将来その時々にそのときのチームのために役割を果たせるようになると思えます。そんな合宿でした。

講師の皆様、第9回山スキー学校の参加者の皆様、ありがとうございます。これからも一緒に楽しくやらせてください。

 

卒業山行

 

2012年3月24日 

「第9回東京山スキー学校卒業山行」、スキーヤーの僕には、この仰々しい呼び名がいったいどんな意味を持つのかは出発の朝の時点では知る由もないが、それなりに気を引き締めて朝食後宿を出る。3月終わりの白馬は春山だろうと考えて来たのだが、完璧な真冬の景色。

08:00栂池ゴンドラチケット売り場で山行計画書提出。

09:00ロープーウェイ到着。係員から雷鳥保護の説明を聞き、点呼を取り、建物内でシール装着の支持。すぐさま悲鳴が発せられる。まだスタートしていないのに、早過ぎ。S班(ちなみに僕はM班のリーダー)のT女子、シールを家に忘れた模様。S班・M班総勢15名、驚きのざわめき。M講師・H講師すぐさまロープをスキーにかがりに巻きつけ代用するようだ。そんなんで登れるのか?おかしな緊張感が走る。

3日前栂池の地形図を見ていて急に不安になりAmazonで安いDual社GPSを購入。女房の使い古しのiPod touchにDropboxを設定して、フリーで切り抜いた地形図を落とし込んでいる。T女子のスキー準備の間に、GPSを作動させ登る方向をチェック。昨晩、恒例の入山祝いのビールを飲みながら、H講師と地形図で登り口を確認している。M班は先行してサブリーダーがビーコンチェック、先頭は僕。いざ目の前の尾根に左からとりかかり10分経過。「そっちからは登れないよー!僕たち講師陣は今日は風のような存在だから、これは風の音だと思って聴いてよー。絶壁だから登れないよー。」えっ、まじですか?いきなり最初から、と右を見るといつの間にかS班はずっと右から回り込んでいる。結局、ラッセルをしながらルートを探るも登れそうもないので、断念してS班の後ろにつく。今晩の蓮華温泉のためのワイン2本、チーズフォンデュー、チョコレートフォンデュー、パン、バナナ、イチゴ、つまみなどが入ったザックが重い。道順を間違えた日にはかなりダメージを受けそう。登る斜面はそれほど深雪ではないが、雪交じりの凍った北風が厳しい。エネルギー補給と顔を一時的に吹雪から開放するため、2度ほど凍て付いた木たちのそばで休憩。H講師が配る金柑がうまい。2時間弱で天狗原の祠に到着。ネットで見たお天気の登りとはまったく違う。アウターのフードを煽るような北風と雪で高度チェックやGPSチェックはおざなり。ただ磁北へ進路をとり、そのあとは蓮華温泉の人たちが所々につけたと思われるピンクの紐目印をたどりながら反対側の滑降ドロップ地点を目指す。O講師が方角の確認を促すも、視界と天気が悪いので、ただ北西にあるであろう乗鞍岳の斜面方向をめざす。

天狗原北斜面は濡れた雪の層の上に1メートルの新雪。スコップのCTではこの新雪部分が雪崩れたら危険と出る。ただ、以前学習した明らかな弱層の切れ目は見当たらない。いつの間にか12:30、時間が過ぎている。この辺りから、講師陣が陣頭指揮を執り始め、滑りの先頭も自分たちでやり始める。そんなに危ないのか、はたまた僕の信用が失墜したのか?振小沢も視界は悪く、トレースもないまま、計画にそって沢の右側(左岸)を降りていくと、またピンクの紐が木の枝に巻き付けられていて、僕の不安は解消する。最初のドロップは斜度もかなりあり深雪スキーだったが、その後は、50センチくらいの新雪を踏んだり滑ったりの、山行。楽しいスキーとはいかない。3時過ぎ、乗鞍の橋に到着。橋の袂に滑り降りる。橋には2メートル以上の雪が積もり、欄干の手すりがかろうじて左右の足の下に方に目視できる。橋の高さは20メートルくらいか?でかい岩がずっと下に見える。僕が先頭。高所恐怖症だということを誰にも話していない。H講師、「昔、落ちたやつがいるんだよな。もちろん生きちゃいない。」そろそろと渡り、反対側は横歩きで登り、そこからは張り出した崖沿いに左にトラバースの形状。右崖下に向かって山道から雪屁が突き出しているのだろうか?右下がまるっきり見えないが、さっき見た川底の岩に向かって落ち込んでいることは想像できる。宿に向かうトレースは、その雪屁の端に細く1本付いている。これを行って蓮華温泉に到着。怖かったー。スキーヤーとヤマヤの違いが出た。思いのほか疲れていて、大事なものが冷えて縮こまっている。温泉に直行、そしてすぐにチョコフォンデューを始め、みんなで担いできた食べ物をがむしゃらに食べる。そして、ただ、ただ酒を飲む。

3月25日

昨晩は9時に自家発電の電気が消えた。いつ床についたか覚えていない。帽子も手袋も濡れたまま。GPSの電池も切り忘れ、電池切れ。気持ちに余裕がなかったのが丸見え。ただ、ここからのルートは昨日より単純な気がする。慣れてきたのか、開き直りか、大丈夫な気がする。二日酔いもたいしたことはなく、体力は戻っている。ドロップポイントは例の橋よりずっと手前。CT実施に、昨夜のM講師からの注意がよみがえる。『ビーコンチェックやCTはあくまで安全確認のひとつに過ぎない。時間を掛け過ぎて計画が時間通りに運ばないほうが危険。』なるほど、そんな風には考えてなかった。雪は深くやわらかく、雪崩れるかもしれない。けれども、たいした長さではないのでドロップ。ヤッホー平の沢を渡渉。すぐに先頭のパーティーに追いつく。ここから栂平まで、順番にラッセル。深雪の中で前に踏み出すスキーの底をもう一方のスキーの先端に乗せ、滑らせて、潜水艦が海上に飛び出すように、前に出す。S講師の伝授。内股でこれを繰り返して、スキーの先が雪に埋まっていかないように進む。全開でラッセルし、次々にバトンタッチ。M班内で一通り終わると、別のパーティーが前に出る。カド小屋峠のふもとで、休憩。サブリーダーのT君、昨日H講師が提案したように強風の中ツェルトを張って昼食を試みる。スキーで固定したころには他のメンバーはもう食べ終わりそう。急斜面を一気に登る。アイゼン無しなので凍り付いた斜面に難儀した箇所もあり。ここでまた視界が不良。急斜面のウド川へのドロップでスキーが外れ転倒、深雪に埋もれる。流れ止めが壊れスキーを見つけるのに一苦労。絶好のパウダーだったのに、雪が深過ぎたのに気を取られお粗末なスキー滑降をしてしまった、残念。その後はなだらかなダウンヒルのラッセル。今朝のもうひとつのパーティーとまた合流し、交互にラッセルを繰り返す。だが、ラッセルは先頭だけで、後続はつけるられたトレースをすいすいと滑ることができる。後ろのS班よ、早く追いついて来て前に出ろ。長ーい、長ーい林道沿いを進む。こんどはS班と順番に後方に回って木の間をトレースに乗って勢いよく滑る。思ったより時間がかかっている。絶え間なくエネルギー補給が必要なので、僕はチョコレートと長距離ランナー用の補助食を取り続ける。木地屋集落一時間手前で持ってきた1リットルのアイスクリームの箱を開け、溶けてしまったバニラアイスをみんなで食べる。アイスクリームはT君のアイデアだったが雪山では溶けてしまい、一晩の吹雪にさらしても固まらなかった。最後の一時間は滑りとはいえ、腰を痛めたIさん、スキーの上手なM女子もバテテきていて、転倒し始める。ここは怪我に注意。木地屋到着3時半。今日はものすごーく体力を消耗した。みんな空元気の挨拶の後は寡黙になっている。

『卒業山行』と呼ばれるだけあって、達成感は十二分に味わえる二日間であった。何せ、雪が深かったし、長い道のりだった。6時間の東京までの車中、考えさせられた。方角も、高度も、地形図上ではおおよそしか判らなかった。もし山中で迷っていたら、体力に任せてがむしゃらに北に進んで、ゴールにたどり着けていたんだろうか?判らない。卒業はしたけれど、ひとりで地図を持って雪山に入れるんだろうか?ましてや人を連れてリーダーなんてやれるんだろうか?今は無理だろう。これから、何度も同じところに来ないと、自信は生まれないんだろう。春夏秋、そして雪の季節にまた何度も来て、始めて、この山と遊んでもらえるんだろう。まだ、まだこれからだ。