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◆受講生 Iさん◆

 

リーダーは力の引き出し役

 

1/13~15日@落倉湿原・栂池高原

リーダーシップの重要性を学ぶことができた。リーダーの存在なしにはパーティの力が十分に発揮されない。これを感じたのは雪崩遭難者の捜索訓練のときだ。

初日の落倉湿原、私たち講習生は一通り捜索方法についてレクチャーを受けた後、2つのグループに分かれ、ビーコンが入ったザックをどちらが早く見つけ出せるか競った。まだお互いの気心が知れないということもあったのだろう、見張り役、ビーコン役・プローブ役などの役割分担を決めるのにも時間がかかった。リーダーになった人も指示をどのように出せばよいか戸惑っていた。結局一回目は、私たちのグループは発見まで10分ほどかかってしまい、講師の方からどうすれば早くなるのか反省を促された。

◆兼務か独立か

その反省会、リーダーに指示系統を統一させようという話があがった。捜索時の指示はリーダーに一任させるというものだ。この点はすぐメンバー内で合意ができたのだが、ひとつ問題が生じた。リーダーにもビーコン捜索などの役割を兼務させるか、それとも、独立させて指示に集中させるかということについてだ。

ポイントは6人という限られた人数で、どうすれば救助を最大限に効率化できるかということ。私は訓練の前は、ビーコン役も掘り出す役も、多ければ多いほど捜索は早くできると考えていた。しかし、一度目の訓練でそれが正しくないことを知った。特定の役割を担う人は必要だ。しかし全体の状況を見極め、常時指示を出す役目がいなければ、自然相手の常に変わりうる状況に対応できない。たとえば、2人の雪崩遭難者がいたとき、1人目を発見し救出したとする。1人目の捜索にあたっていた人は役割がなくなり次に何をすればよいのかわからなくなる。そうしたときに、捜索状況を一歩引いたところから見ているリーダーがいてこそ、2人目の捜査にあたってくれなどといった適切な指示が迅速に出せるだろう。話し合いの結果、リーダーは独立させようということになり、その後の訓練では救出時間を短縮できた。成果をはっきり出すことができた。

◆Fさんの的確な指示

これはもちろん、パーティの人数、雪崩の規模、遭難者の人数などで、リーダーを独立させるといった一見悠長なことはできないこともある。だが、集団が遭難者を救出するという機能を、効率的に行うには、やはり独立したリーダーが必要だと考える。2日目のM尾講師の「娘」捜索時に、にリーダーだったFさんの指示は的確だった。「残留物はありますか」「ビーコンは反応していますか」「頭を手で覆ってください」など逐一出す指示は、パーティのメンバーを安心させ、各々の役割を果たすことに集中できたのではないか。

集団の力を発揮させる、これがリーダーの任務だと学んだ2日間となった。

 

技術は遊び尽くすため

 

2/3~5日@かぐらスキー場

山を滑る。登ってきた分だけ滑る。積もったままの雪面を滑る。このことがこんなにもおもしろいことだとは思わなかった。凝り固まった精神は解き放たれ、身体の細胞が余すことなく湧き上がるような快感。滑り、転がりを繰り返しながら声を上げ笑った。

◆無限の遊び場

2日間の深雪訓練、私たちは雪のフィールドに挑むにあたって必要な技術を学んだ。滑降技術については、横滑り、ギルランデ、木の葉落としや急停止を。また、シール登行についてはキックターンやコース取りについて知識を得ることができた。どれも一朝一夕で習得し使えるようになるものではない。数多くの訓練を積み、実践することで徐々に自分のものになっていくものだろう。これらの技術なしには自然相手のフィールドに挑めない場面もあるのだろう。逆に、技術があれば、山の遊び場はいくらでも広がる。技術は雪面という無限の遊び場を味わうためにある。技術は技術のまま眠らしておいては意味がない。技術は使うためにある。今回教わったことを、しっかり身につけたい。

◆目の前の雪崩

また、今回私は目の前で雪崩をみることができた。雪面から25センチほどの深さが30mにわたり私の足元から崩れていった。すっぱりと切れ、目の前の地面がそのまま下に流れていった。「雪崩」というよりか「雪流」という感じだった。滑る前のCTで大きな雪崩の心配はないという評価があったことで、流れていく斜面を見ながら大きなものにはならないだろうという楽観を保つことができた。「スキーカット」という斜滑降で斜面を斜めに切って雪崩を人為的に起こす方法があることを後に知った。今回の雪崩はまさにそれであった。自分が起こしながら、目の前で雪崩をみることができるという貴重な体験を得ることができた。

山を滑るという、山を味わい尽くす新たな術を見つけられた合宿となった。

 

寒さと濡れから身を守る

 

2/18~19日@鍋倉山

今回の雪洞講習では寒さと濡れから身を守る知恵を得ることができた。特に面白いと思ったのは3つのことだ。

1.雪洞の入り口は小さくする

2.入り口には「寒気だまり」という雪洞内部より一段階低い場所を作る。

➔ 雪洞内部への寒気の流れ込みを防ぐため

3.雪洞の天井部には凹凸を残さない

➔ 溶けた水が垂れ落ちてくるのを防ぐため

この3点はいずれも「冷たい空気は重く、暖かい空気は軽い」という自然の常識に則ったやり方だ。その自然の法則を利用して、寒さや濡れから身を守り安全に一夜を明かす場所をつくる工夫に驚き、感心した。とりわけ寒気だまり(写真)というものを作る知恵は素晴らしいと感じた。

自然の中に飛び込めば、自然が見えてくる。自然の懐に入り込めば入り込むほど、自然がどんなものか分かる。自然への経験を積めば積むほど、自然と上手に付き合える。人間と同じだ。

入口下部の凹んだところが寒気だまり

 

体力や知恵を分け合う

 

3/24~25日@蓮華温泉越え

2日間の山行、振り返ってみて印象に残るのは随所に「分け合う」場面が見られたことだ。

厳しい自然の中、パーティを組み、行動を共にする。一人の力では克服するのに困難な局面が相次ぐ。そのとき、力が不足しているメンバーがいれば、力に余裕のある者が助ける。必要なものが足りなければ、余分に持っている者が分け与える。そんな場面が多く見られた。その例を下に上げてみよう。

①体力:ラッセル/パーティの行動速度

②知恵や技術:読図/ロープワーク

③時間:シールの装着/転倒した人のリカバリー

④食料:行動食/夜の宴会

日常生活では不足しているところがあれば、分け合うのではなく、お金で解決することが多い。知恵や時間、食料のどれもお金で問題解決できるものだ。しかし、自然の中では、紙幣はただの紙切れだ。せいぜい火を起こす燃料程度でその紙としての役割を終える。

分け合うことは人間の本能の一つ、最近放送されたNHKの「ヒューマン」のなかでそう紹介されていた。その説明によると、森林から草原に進出した700万年前の人類の祖先は、ライオンやヒョウなどの捕食動物の危険から身を守るため、集団で生活するようになったという。集団が生き延びるためには、天敵の襲来を監視したり、食料が全員に行きわたるようにしたりするなど、互いに協力する、言い換えれば「力を分け合う」ことが重要だったという。山の中での活動というのは、都会での日常とはちがい、やや原始的な色彩が濃くなる。厳しい自然環境の中で個々人の力は、ごく小さなものだ。だが、そうした環境でこそ、「分かち合う」という私たちに本来備わっている力が発揮されるのではないか。

日常生活では意識することがなく、都会生活の陰に隠れている「分け合う」という行いが山の中ではいたるところでみられる。自然の中に身を浸し、都会に帰ってくると、人に優しくしたいとか、助け合いたいとか、人間らしい心が膨らんでいることを感じる。それは数日のうちに再び闇に消え去ることが多いのだけれど、自然が人間本来の力を呼び覚ましてくれるのは間違いない。分け合うという人間本来の行いに気が付かされた山行となった。