どうして東京山スキー学校だったのか? 印刷

【感想文1】

 

0.はじめに

 

2013年の年頭に右膝、年末には左膝の前十字靭帯が断裂し、そのつど自家腱移植による再建手術を受けて長いリハビリ期間を経験した。両膝ともチタンのボルトが埋め込まれたままになっている。なんで山岳会への入会を希望したのですかと聞かれると「禁煙した自分へのご褒美」などと応えてきたけれども、内心、過ぎたことをしているのではないかと不安で一杯だった。案の定、山を初めて一年ちょっとで両膝の受傷という事態だ。はじめての全身麻酔、長期入院、リハビリ通院を経験すると、それでも不思議と腹が座ってくるもので、この局面を乗り越えればきっと何かあるはずと信じ込んで、まあ、自分としては懸命にあれこれとあがきもがいてきた。そんな自分を先輩諸氏や仲間の連中はどのように見守りサポートしてくれたのか、などと考え始めるとこの年齢(四十代半ば以降で)で山岳会に所属して山をめぐる諸営為のコミュニティーに参加したことはとても贅沢で素敵なことだったのだろうなあと思う。

 

1.どうして東京山スキー学校だったのか?

 

両膝の受傷からリハビリの期間でまず目指したことは、両足でしっかりと歩行して登山することにあった。そして受傷した時期と場所が冬の雪山であったこともあり、冬山のスキルを身に着けることが大きな目標であった。しかしながら膝への負荷や心理的な恐怖もあって2014年年末から2015年春にかけてのシーズンでは、スキーを封印してもっぱらアイゼンやワカンを使っての雪稜歩きに取り組んだ。まだまだ膝の状態も本調子ではなくおっかなびっくりであったし実際に膝に水がたまるとかの症状もあり、リハビリは一進一退であった。

2015年の夏シーズンから冬シーズンは登山を控えてもっぱら筋力トレーニングなど室内トレーニングに集中して膝の様子をみることもした。幸い膝に水がたまるなどの症状も治まり、ランなども可能となってきたので、2015年冬から2016年春のシーズンで最大の懸案事項であったスキー復帰を試みた。志賀高原の某基礎スキーの合宿教習に通いつめてゲレンデで繰り返し基礎スキーの練習をした。2016年3月、膝の回復の具合も良く、来シーズンは山スキーにも挑戦してみたいと思っていた矢先に東京山スキー学校のことを知った。もちろん山岳会の仲間と山スキーをすることは前提であったけれども、「自立したバックカントリースキーヤーをめざして!」というスローガンに惹かれて、ついつい問い合わせをしたのは2016年10月くらい、夏山シーズンが終わるころだったように思う。

 

2.座学と実技を受講してみて

 

座学3回、実技4回、11月月末から3月月末まで(卒業式は4月上旬)の期間を振り返れば、実に充実した楽しい日々だったように思う。それは、必ずしも漫然と楽しいおしゃべりができたとかといったことでは、もちろんなくて、第一線で活躍されている充実した講師陣の方々との交流それ自体が、適度に緊張感のあるとても有意義な経験であったし、個性あふれる魅力的な方々だったからでもあり、同期の仲間との山スキーや登山全般の問題を分かち合っての情報交換や議論ができたことからくることが、楽しい日々の中身なんだと思う。そのうえで特に、以下の点が自分にとっては大きな収穫であった。

 

①山スキーの装備について、多様な視点から、最新の情報を入手できたことはとても有意義であった。実技講習の最終日の帰路にはついに念願の新しいスキー板を購入できたことにつながっている。

 

②雪崩についての知見を大いに深められた。雪崩トランシーバーの取り扱い方についての最新の情報が得られたこと、弱層テストに関しては実地で最後の最後まで訓練が継続した。もちろん今回の期間に完全に身についたとは言えないが、自分自身が入山する際に常に弱層テストを試みようという構えは身についたと思う。また、パーティーでの行動中に雪崩遭難者を救出するというシチュエーションでの訓練はとても新鮮で実践的であった。こうした訓練は別な機会に自分でも組織化できるようになりたい。

 

③雪洞山行について、雪洞を掘るという雪山の基本技術をようやく実地で経験することができた。これまでなんども雪洞山行の機会を逸してきたので本当にうれしかった。またシャベルの掘り出しで仲間と連携して雪を掘り出すなどの練習ができたことは、今後の山行に大いに貢献すると思う。

 

④山行計画書を作成する機会を得たこと

雪洞山行終了時のミーティングで卒業山行のリーダーをさせていただくことになり、山行計画書の取りまとめをする機会をもてたことは有意義なことであった。事前準備で同期で集まりコースの確認からタイムの積算、装備の確認などを含めて充実したひと時となった。準備の段階から卒業山行の渦中にあっても講師陣の方々の「自立を促す」私たちへの働きかけは、自分もそのような存在になりたいと思わせるものであった。またパーティーで行動することとは何かということについて考えるいい機会となった。

 

3.浮き彫りとなる課題

 

もちろん、上述のように楽しく意義深いことばかりであったわけでもなく、座学や実技に参加することで露呈してしまった課題も多々あった。そのうちのいくつかを挙げてみる。

 

①地図読みと現在地確認について

地図上から地形を想像するないし地形から地図での描かれ方を想像することがうまくいかず、何回も地図上での現在地確認をしくじることになった。この点については、山スキー以外の現場でも訓練できることなので日々練習を重ねていきたい。

 

②滑走ルートの選定について

スキー技術の未熟さと相俟って、斜面を滑走する際に穏やかなルートにうまく乗れずに立ち往生してしまうことが何度もあった。ルートファインディングの難しさに通じるところもあるのだろうけれども、このあたりの危機管理については山スキーには不可欠の要素なので是非とも練習を重ね、慎重を期したい。

 

③スキー滑走の技術について

黙ってフォールラインに体を向けられれば苦労しないのであって、しかも前傾しようとして猫背になって体幹が使えていない後傾姿勢では、板にのれないのは当たり前の話。本当に恥ずかしくも現在のダメダメな自分を受容するところから始めるしか無いようだ。うーん、雪の質の違いでこうも滑走の感触が変わるのかと実感したのが今回の受講期間でのこと。今シーズンの残りも含めスキー滑走の練習に取り組みたく。

 

④雪のこと

高度が下がるにつれて、ないし天気が変わるにつれて、そして日差しの当たり具合によって雪質がこんなに変わるとは、と今更ながらに驚かされた。しかし、雪質をみるということは、よくよく考えれば雪山の基本。雪庇の張り出しや雪崩リスク、シュルンドなどの穴が開く話も含めてみな雪質と深く関連している。山スキーは、雪山登山の一つの頂点に位置する登山スタイルなのだと改めて再認識した。今回学んだことは、仮に足回りがワカンであってもアイゼンであっても共通しているのだと実感している。もっと雪について用心深くなりたい。

 

4.これからのこと、ないし最後に

 

2016年の11月から2017年の3月までの期間、両膝の回復もあり本当に色々なことをやってみたように思う。その中でも東京山スキー学校への参加は大きな意味を持ったように思う。一口に冬山といっても多様な山行スタイルがある中で、スキーを登山の道具として活用することには以前から興味があったので、今回の実技4回はとても勉強になった。一方で、山岳会の先輩からも指摘されていることだけれども、どのような山行を目指すのか、どの山に向かおうとしているのかということについてはどうも自分の中で曖昧なままにしてきたように思う。

もちろん、2013年の両膝の受傷以降の数年間、ともかく登山できる身体性の獲得が自身にとって最重要課題であったから、色々なことができる自分の身体性を確認すること自体が今シーズンの目標というか目的になってしまっていたことは認めざるをえない。でも、年齢のことも含めて考えてみてもう少し絞り込んで、もっと先に進んでいかなくてはと思っている。まずはそうしたところに戻ってこられたことを素直に喜び、あわせて東京山スキー学校に巡り合えた偶然に感謝したい。あわせて実技山行をバックアップしてくれた所属山岳会の先輩にも感謝したい。