B講師が突然現れ,「こう掘るんですね~♪」と人間削岩機のように 印刷

◆講習生2

 

地元の山岳会に入って6年半。岩も沢も雪山も所属している山岳会で教わり,それなりに自分でもリーダーで行くようになっていたが,山スキーだけは(ゲレスキは結構行くのに)会でもあまり盛んでなく,何となく登山とスキーは別物と感じていた。少なくとも厳冬期に谷川あたりで見る限り,重いスキーを担いで雪山に入るぐらいなら,ワカンやスノーシューでいいと,そんな風に割り切っていた。

そんな自分の考え方が打ち砕かれたのが,昨年5月に登った月山や鳥海山だ。下りは当然なのだが,登りに関してもジグを切って遠回りしているのに山スキーヤーの方が自分より早いのだ。ん?これはどうしてだ?納得いかん。

そんな思いを胸に「これは経験する価値があるかもしれない」とTYGに入学する腹を決めた。

数少ない会のTYG卒業生(12期)に道具をどうすれば良いか聞いてみたところ「最初に山スキーを持つならこれ」と言って紹介されたのがアルマダのTSTという板だった。それにビンディングはTLTで靴もそれにあわせて,ヘルメットも必須と…。この板はすでに現行モデルに無く,価格の事も相まって,中古で揃えることにした。幸いG3のONYXというTLTビンディング付の板を入手。靴も中古!で揃えたものの,さすがにシールはコールテックスのクラリーデンというアクリルベースの新品を仕入れた。

 

●2019年1月19日~20日

第1回実技講習「谷川岳スキー場脇の田尻尾根講習」

日本勤労者山岳連盟関東ブロック雪崩講習会に参加。自分は昨年度に同じ講習に参加しており2年連続の講習だ。ただ,昨年は登山靴,今年は板を履いての講習である。ゴンドラの後はリフトを1本登って雪崩講習の場所に移動するのだが,いきなり上手く板が履けない。ストッパーのついていないONYXビンディングは非常に履くのが難しい…。練習をしておくんだった。まさかこんなところに核心があるとは。積雪断面観察・弱層テスト(円柱テスト、シャベルコンプレッション)は(2年連続だし)難なく。しかしもう一度核心が襲う。田尻沢コースを降りろというのだ。え?このエッジが効かない太い板で…あの狭いところを…。ベースプラザに着く頃には汗だくになっていた。自分の同期はみんなスキー上手いなぁ。コソ練しても ついて行けるか怪しい。

 

●2019年2月16日~17日

第2回実技講習「かぐらスキー場での深雪講習」

今回が事実上のTYGだけの講習。とは言いながらもTYGの先輩卒業生さんたちも集結しているとのこと。まずは和田小屋に上がり,荷物をデポ。5ロマ奥のスキーエリア外でシール装着。気温も低く雪もふる中,ビーコンのグループチェックの後,にせ神楽方面に2班に分かれて登り始める。途中キックターンを初めて教わる。上手くできない。本当に太い板って扱いづらい。おまけにシールもはがれかかってきた。アクリルのシールは極低温化では粘着力が落ちるらしい。シールのせいなのか,自分の下手くそなキックターンのせいなのか…。ともかく何度もジグを切る練習。少し出来たか…。気が付くと一人。あれ?皆は…はるか上!てな具合。にせ神楽の少し先でシールを外し,雪が降りしきる中CTをし、雪見観察をする。そこにTYGのOB2人が現れて親しげに講師たちと会話していた。いよいよ滑降だ。A講師に続き同期の上手い人から下りていく。自分もおっかなびっくり斜面を下りる。すると一人転んでいる…なんとウチの会からの講習生だ。両足とも板が外れており,本人は起き上がれない。様子が変だ。(その時点では)両足とも痛みを訴えている。その場の講師と講習生で救援を試みる。B講師が担ぎあげ,荷物を皆で分散して滑降を試みるも,足元が良くなく断念。結局救助要請をする。スキー場まで滑れば10分とかからない距離だが場外は場外。救援はなかなか来てくれない。竪穴式に雪面を掘りこみ皆でしゃがみその上にツェルトを張って暖を取って凌ぐ。風雪は強まり,夕刻に近づき,まさかここで夜明かしになるのか…というタイミングでA講師がスキー場の救助隊2名を引き連れ戻ってきてくれた。救助隊とともに皆で和田小屋に戻り,モービル,ロープウェイとで下界の救急車まで運ばれた。和田小屋に戻るともう一つの事件が起きていた。CTの時にいたTYGのOB2人が和田小屋に戻ってきていないのだ。既に日没。B講師が救助要請をするが,翌朝まで何もできない。ビバークをして2人が無事でいてくれることを願いながら就寝。翌朝は講習続行で新雪の滑走訓練を行なうも,昨日の2つの事故が尾を引いて,後ろ髪を引かれるようだった。(結局その日も先輩方はビバークを続け,救助されたのは18日。また同期の足のけがは「半月板損傷,内側副靱帯断裂,前&後十字靱帯損傷」という重いもので,1ヶ月の入院,6か月以上のリハビリとなってしまい,TYGからの中退を余儀なくされた。また別の同期1人もこの2つの事故が原因かどうか解らないがこの講習をもって中退した。)

 

●2019年3月9日~10日

第3回実技講習「鍋倉山雪洞」

さすがにこれだけのことがあると,山スキー自体に真剣に取り組まねばなるまいと,まずは,弱点になりそうなシールの改良として,ダメもとでクラリーデン用アクリルテープを購入。重ね貼りをしてみたら,明らかに粘着力が上がった。そして雪洞山行の1週前に所属会で嬬恋から四阿山までのテント泊の山行があったため,あえて一人,山スキーのシール登りコソ練で本番に備えた。準備の甲斐あって,鍋倉山への登りに関しては何も問題もなくシールでガンガン登る。雪洞は会の別の山行でも作っており,今季2度目。快晴の中雪洞をガシガシ掘る。が奥側に1m程掘り進むと,氷層が現れスノーソーでも歯が立たなくなってきた。こうなると効率を考え奥を捨て(機能性は失われるが)横に拡張した方が早い。と安きに流れていたら,隣の雪洞を掘っていたB講師が突然現れ,「こう掘るんですね~♪」と人間削岩機のようにシャベルに体重を入れ,あっという間に雪洞を奥側に拡張していった。翌朝,下山。コース外の長い滑走は今回が初めて。傾斜のきついところもあったが,何とかヨロヨロと下降はでき,少しだけコソ練の効果を実感できた。

 

●2019年4月6日~7日

第4回実技講習「白馬振子沢~蓮華温泉 卒業山行」

山スキー学校には,スキーの世界からと雪山登山の世界から来るものと2通りいるらしい。自分は スキーはド下手くそなので紛れもなく後者なのだが,それゆえに地図読みもGPSも得手な方である。今回は2班に分け,事前学習で地図にコースを描いてから,それを当日山スキーでトレースするとのこと。自分と同じ班には他会所属の経験豊かな女性2人だった。横浜の貸会議室でキッチリ予習をし,準備万端。前夜の栂池高原スキー場の駐車場脇の宿舎に入るとA講師が待っていた。「ホットワクシングやってみる?」とみるとアイロンや滑走ワックス。生まれて初めてワクシングを体験した。翌朝またもやピーカン。栂池のゴンドラ,ロープウェイを乗継ぎ,自然園でシール装着ビーコンチェックの後3人で登り始める。天狗原まで足が揃いグイグイ登ると,途中で講師からもう1班と離れ過ぎとストップがかかる。その待ちの間にクトー装着。強風の天狗原にあっけなく登りきる。振子沢に入る前にピットチェックを行なう予定だったが,カチカチのバーンで掘るのも一苦労な感じなうえに強風が容赦なく吹き付けCPを断念。滑り始める…ってここを降りるんですか…とジリジリと斜滑降で高度を下ろし,意を決して滑り始める…が転びそうな上に雪面は固く重くで苦労しながら何とか降り切った。傾斜がきつく厳しかったのはこの部分だけで,振子沢に入ると楽しい林間コースが待っていた。乗鞍沢の橋を越えると蓮華温泉ロッジに到着。今日の行程はこれで終わるが,山スキーでの露天風呂までの移動が待っている。雪倉岳~赤男山に見守られながら,男性陣は仙気ノ湯で,女性陣は薬師湯でビール片手に温泉で一汗を流した。

翌朝,前日来るときには何でもなかった乗鞍沢への橋手前の斜面が非常に怖く体が固まった。やっとの思いで越えると今日のツアースキーの始まりである。少し下降し,シールをつけヤッホー平から栂平,そして角小屋峠への急登を淡々と登る。今年は登る上ではとても雪質が良かったらしく,それほど苦労せず峠まで上がれた。シールを脱ぎ木地屋までの長いツアーが待っているが,重い雪にも慣れ,景色や風を感じながらピーカンのなだらかな斜面や林道を滑る。気がつけば眼下に木地屋の集落が見え,あっけなく実技講習は終わった。

 

卒業後,自分は東北の栗駒山と北アの乗鞍岳の2回春スキーを楽しんだ。いずれもピーカンで,登り最高,下りヘナヘナという3,4回の実技講習の時とシチュエーションが変わらない。講師から贈られた修了証書には「…様々な雪質での滑降技術を身につけ…」の言葉が踊っている。そうだ!もっとスキーそのものもうまくなれば,もっと面白い世界が待っているのだろう。三浦雄一郎からスキーが上手いと称賛された岡本太郎だってスキーを始めたのは46歳だ。50歳からでもその気があれば上積みはきっとある。その気にさせてくれたTYGに感謝である。